お大自二ッキ(教習派) エピローグ

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証拠だぞっ

最初ちょっと気取ったエピローグを書き始めたのだったが、書いているうちになんだかだんだんひとりでもりあがってきてしまい、きっと後日に読みかえすと赤面モノのスゲーこっぱずかしいモノになっているんではなかろうかというような

スマイリーキクチです。ポエムを作りました。聞いてください。

みたいな内容になってしまった(笑)ので、いったん白紙に戻していつもの調子で書き直し。

いやぁ、いちおう、みそぢまえに、というもくろみは達成できたのである。一時はどうなることかと思ったが、年齢カウンタが繰り上がって 1 桁目がゼロに戻るまであと 4 日というところですべり込みセーフだ。まにあった。まにあっても別にどうなるというもんでもないが、達成感はひとしおである。

さらに日にちが進んで、大台があと 2 日後に迫っているという今日、府中の試験場に新しい免許証をもらいにいった。手数料 4,500 円はちょっときつかったな。

今乗っている初期型の黒い XJR400 は私の元にやってきて半年が経過しているが、これも 4 月に車検なんだよなー。またお金かかるなー (T^T)。そんなくらいお金が今ないもんだから、ビッグバイクを手にするなんてまだまだ先の話である。

自動車教習所といえば、熱心な指導が度を超すあまり、ぶじょくにも近い怒られかたをされてイヤな気持ちになった経験をお持ちの方も多いのではないだろうか。今回とは違う教習所だが、自動車免許を取りにいってたときも、普通二輪を取りにいってたときも、ぼくにはそういうことがあった。

しかしこの、レインボーモータースクールというところで大型二輪を習った今回に限り、そういうことを全然感じなかったのだ。たぶん、教習所としての教え方のポリシーみたいなものがあって、教官全員もそのことをよくわかっているのだろう。たとえが悪いかもしれないが、習い事にかよう気軽さで、運転を教わることができた場所だった。他の「レインボー出身」の方は、どう感じてらっしゃいますかね?

さて、今度は何をやろうかな~。

お大自二ッキ(教習派) 卒検合格 & 卒業式

もう前日から、天気予報が気になって気になってしょうがなかった。雨?それも朝まで降り続いて、やんでも午前中いっぱい不安定?降水確率 50 % ? あああ、なんかイヤな感じではある。

1998 年 2 月 21 日 (4 回目)

朝 8 時半ころに検定のエラい人がやってきて、卒業検定のだんどりをひととおり説明。もう 4 回目なので、「そんな話すっとばして早く始めようよ」って感じなのだが、そう言ってしまうわけにもいかず、心臓バクンバクンさせながら聞いている。

雨は上がっていたが路面はまだ濡れている。急制動の制動距離が 14m になるかもしれないが、その時の検定員の判断で変わるので、いちおういつもどおり 11m のつもりでいてくれとのこと。

大型二輪・普通二輪合計で 4 グループぐらいに分かれて検定のはじまり。今日の私は 3 番目。私のグループの検定員は、制動距離は最初は 14m でいきましょう、と言ったのですこしホッとする。

一番最初の挑戦者が、急制動のところでタイヤをロックさせたのか、止まれずにズッコケた。人の失敗をみて自分が安心してしまうのを感じるのはいささか自己嫌悪に陥ってしまうが、 2 番目の挑戦者、それと他のグループの挑戦者がすいすいスラロームや一本橋をクリアしていってしまうのも見てふたたび不安感が増す。

自分の番が回ってきてこれから発進だというときに、「路面が乾いてきたので、あなたの番から制動距離をいつもの 11m に戻します」と検定員がひとこと。

なぬーっ!? (-_-;)

まぁいいや。いったれいったれ。もう、スラロームも一本橋もクリア優先でタイム無視のつもりだ。前回のクランクでの足つきのいやな思い出が頭をよぎるが、無理矢理振り切って発進。

S 字 OK。クランク、いいぞその調子。コースを抜けて課題に入ってからは、「ニーグリップニーグリップ」と頭の中で連呼…してたつもりが、いつのまにやらまた頭の中真っ白だ。それでも、スラロームでパイロンこすった感触はなかったし、一本橋では早めに抜けて脱輪はしていない。急制動はどうだ?よし、11m 手前で止まれた。あとはもう発着点まで戻るだけだ。

「全体的に(ニー)グリップが弱かったです。スラロームなんかすこし危なかったし。急制動は…ゴニョゴニョ」 もう、ここから後、検定員に何を言われたのかまったく記憶に残っていない。ただ、「はい、はい、ええ、はい、ありがとございましたぁ」と自分が言っていたのだけは覚えている。

急制動がなんだって? 『うまく止まれたね』と聞こえたような気がしたが確信がない。まさか、限界線で止まれなかったのか? いや、そうだとしたら、自分自身で失敗したことがわかってるはずだ。「おっしゃあ、急制動 OK!」と心の中で叫んでいたから、ちゃんと止まれているはずなんだけど… ううう、心配だぁ。

「ではこれから合格発表をおこないますので、荷物を持って第 1 教室に移動してください」 もう、心の中では、Ys 2 のエンディングテーマのイントロが流れ始めていた(おいおい、エンディングかよ(笑))。

第 1 教室。午前 10 時ちょっとすぎ。「いまから正面のスクリーン上に表示されますが、合格者の受験番号には赤丸がついています。赤丸がついていないということは、『今回は残念でした』ということです。では発表します」

大型二輪。受験番号 3 番。

うわおぉぉぉん! やったやった、やぁっと合格だよ~。前の席に座っていた受験番号 2 番の人(やっぱり合格者)と顔を見合わせてニヤリ。

卒業式といっても、エラい先生の楽しいお話(ホントに楽しいお話だったんだよ。いま 53 才で数十年バイクに乗ってて 8 年前にオフ車に目覚めて今では休みの日に板橋でウィリーしてるやつをみたら彼なんだそうです)と、卒業証明書や免許センターへ出願する書類の説明などなど、あと、お金を入金しすぎている人へのお金の返却の説明などの後、解散。

お世話になった教官にお礼を言おうかと思ってちょっとうろうろしてたんだが、教習時間中でみんな忙しそうだったのであきらめ、なんだかぽかんとした余韻を残しつつ、レインボーモータースクールを後にした。

お大自二ッキ(教習派) 卒業検定連続落っこち篇

最初に断っておくが、この部分の日記はたぶん、合格した後に公表されることになるだろう。なぜって?だってあなた、気分が滅入って最低のズンドコ状態なのに「わたし、きょうもおちました~♪」などと明るく書けますか (^_^;)。

しかし、この日記を書いている今現在は、表題のとおり、連続不合格の真っ最中である。もう、最悪の気分なんである。

1998 年 2 月 17 日 (2 回目)

スラロームでパイロンと接触。

前回の日記で、「完走できればほぼ合格間違いなし」と書いたが、それは取り消し。パイロンをこすって即失格となったが、いちおう最後まで走らせてくれた。

1998 年 2 月 19 日 (3 回目)

驚愕! コースを抜けて課題に入る前に、クランクで足つき。

なんでそんなところで失敗するんじゃー!

バカみたい。自分でも信じられない。その後メロメロで、急制動でも限界線超過。

補習と自主朝練(笑)のおかげで、スラロームも一本橋も結構自信はあったわけで、そのあとの補習でもスラローム 6.1 秒一本橋 13.2 秒でいけてたんだぜぇ(検定の時に何秒だったのかは教えてくれなかった)。ちぇっ。

試験場で一発試験にいどむ人と、教習所で卒検を受ける人には違いがある。それは、教習所組の我々は、「4 段階終了」のみきわめのハンコをもらってる、つまり、基本的には検定試験に合格できるだけの技量をじゅうぶん備えているものである、と、インストラクターからみきわめられちゃってるのである。だから、検定試験に一回で合格するのだって可能なわけだし、実際そういう人も多い。

じゃぁ、なぜ私が 2 回も 3 回も落っこちなきゃいけないかというと、それは、

本番のプレッシャーに強いか弱いか

というただ一点のみに他ならない、と思う。もう、ぼくは、めっちゃめちゃ弱いんである、本番に。ノミの心臓と呼んでもらっても差し支えなかろう。

教習原簿には、卒業検定についての欄が 4 回分までしか書く場所がない。今、その欄が

否。否。否。

と 3 回分も埋まっている。次の 4 回目の卒業検定も不合格だとどうなるのだろうか? たぶん、その上に追加で用紙か何か貼られるのだろうな。去年の普通二輪も 2 回くらい落ちた記憶があるな。あ、でも 20 才そこそこで取った普通自動車の卒業検定は 1 回で受かったな。やっぱ若かったから良かったのかなぁ?

いやー、もう、ホント… めそめそ ぐすぐす (T^T) ああ、口から胃を吐きそうである。

1998 年 2 月 20 日

出るんですよ、Win95 のイース が。MSX2 で Ys 1 ~ 2、Ys 3 は 98 でやってたのだが、その後ファミコン用でしか出なくなってた(注:わたしは非ファミコン派)。そのイースが Win95 で!うわぁい。

インターネットからの配達状況照会。以前はカンガルーしかやってなかったんだが、クロネコも始めてるしペリカンも始めるらしい。サガワは?